2011年12月17日
ニュージーランド南島1997Janの思い出


Mt.Cook を見たくてニュージーランド南島を訪れたのは16年前。 レンタカーを借りて12日間の日程でした。
最初に訪れたのがChristChurchのこの教会。昨年の地震で崩壊してしまったのは残念です。

町の中を流れるAvon河のほとりは緑が豊富で、河にはVeniceのゴンドラを思わせる船が悠々と。そういえば
漕ぎ手もゴンドリエ風でした。

雪をいただく山脈を背景にしたプカキ湖。ここの湖は鮮やかな青い水をたたえている。夏だから氷河の雪解け水が
流れ込むせいでしょうか。

これからMt.Cookの国立公園に向かう途中の道標。

予約の取れにくいハーミテッジロッジのレストランでの夕食。ガラス越しの背景の山はMt.Cookの筈。

主峰の向かいにある高山から流れ出る氷河。
2011年12月10日
キナバル国立公園の花 Flowers in Kinabaru N.P.

今年11月は花のオフシーズンであまり良い映像も撮れず、13年前に撮影した画像も載せることにしました。
The pictures shown here were taken in 13 yrs ago during our visit at that time. November is off season for flowers
same as in Japan.

このランはキナバル公園を代表する花の様で、公園中央の柵の中に展示してありました。
This orchid seems to represent this park. It is exhibited in the center of the park.
2011年11月30日
♪みなみの島♪とパラグライダー(カリプソ調で)

山の後は海だとリーさんがアレンジしてくれました。
車からコタキナバル港を横目に。
Mr Lee arranged island trip after enjoying Mt Kinabalu. We glanced KK port from
his car.

港から島々に行く船が出ています。13年前にはこんなに美しい桟橋も
リゾートもありませんでした。町の状態も道路はきれいに舗装され、走っている
車の台数も数倍に増えた感じで、また車もポンコツ車など全く見かけず、東京と
同様に思われました。観光客の人数も半端ではなく、何時でも乗れた島めぐり
のボートも今は予約制とのこと。隔世の感があります。
確かにアジアの力は強大になってきたと実感させられました。
Hopping islands boats are departing/arriving from this pier. 13yrs ago this place was just a quiet country port.
At that time no fashionable place like today. No faburous resort, needless to say.
Speaking for development or remodeling of this city including other west Malaysian cities,are beyond my imagination. No old dented cars are on the road same as in Tokyo.
Numbers of tourists been increased tremendously.
Been told reservation is a "must" now to book islands hopping boats.
I felt power of Asia getting stronger day by day as putting on the mass media of the world.

島めぐりの岸壁の下をのぞくと、熱帯魚やウニなどが透明な海中に住んでいま
した。これだけは昔と変わらない光景です。
Looking under the pier,found unchangeable sights of sea livings such as sea urchin, tropical fishes.

ボートの上からは濃い緑の小島が南国の海の上に浮かんで見えました。
From the boat viewing thick green tropical islands like boats floating on the blue calm sea. The nature has not
been changed a bit.

島を取り巻く海の色のグラデーションは素晴らしい!
Wonderful blue sea gladation surrounding islands. Never boring.

女性の方が好奇心に溢れていて、勇敢です。
Generally speaking ladies are full of curiosity and brave.

男どもがしり込みしてるのをしり目に空に舞い上がってしまいました。
They are soaring in the sky while men are sort of admiring ladies' daring will.

島の桟橋の下には無数の魚が泳いでいました。マナガツオもいましたよ。
Under Islands pier many fishes are living. One of them must be good tasting fish "MANAGATSUO".
2011年11月30日
マンゴーとドリアン

リーさんの裏庭にはマンゴーの木も4本ほどありますが、これは一番大きく実を
沢山つけています。花も咲いていますが地味であまり目立ちません。
There are couple of mango trees growing back yard, This is biggest among them and growing a lots of fruits .
Their flowers are very simple attracting few human eyes.

マンゴーの採り方は、柿に似ていますが、もぎ取る先に小袋が付いていて、
もぎ取った実を落とさないように出来ています。
How to harvest mangoes are similar to that of persimons. One of differences is small bag is attached to the top of placking pole in order not drop directly to the ground .

青い果実が黄色に色づいて、食べごろだよといっているようです。
Color of fruits been turned to yellow from green. That tells us it's about time to eat.

手に鋭い針を刺さないように、固い外殻の頭にうっすら見える筋沿いに刃物を
入れてこじ開けます。ドリアンの時期は7月ごろなのですが、今はオフシーズン。
ところがリーさんはどこからか最高級のD-24種を見つけてきてくれました。
ドリアンは最も貴重な果実で、特にこの種類は大変高価です。
味は最高にうまく、最盛期でもこれだけのものは見つかりません。
Paying attention not to prick to hand and fingers, prying durian open using sharp knife along lines
from head of fruits. Durian season is June/July and now off season. Normally very difficult to find them.
Mr.Lee miraculously found them D-24. It is supposedly best fruit among many kinds of durians,
besides very expensive
We enjoyed creamy honey taste of D-24. You would be lucky to have this good fruits even in on-
season.

ドリアンは現地でも100%好まれているわけでもなく、リーさんの長男は苦手のようです。
しかし日本人でも最初から食べられる人もいるようです。体調不調で食べたいの
に食べられない人をしりめに、3分の1はしっかりお腹に収めた人も。
Durian is not 100% favored even among Malaysians. There are some people who do not like its flavor
just like most of Japanese. Myself was among them but found irresistebly nice aroma and best taste
after 4th try.

13年前に同じ場所で撮った写真と比べると、当時の子供たちは今は会社の運営経営に携わる
立派な紳士に成長していました。
こちらが年をとったのも当たり前の話です。
Comparing with picture taken 13yrs ago at the same place, Boys at that time now grown up to fine and dandy
gentlemen who are now presiding their company and office.
No wonder we are getting old. Time really flys, you know.
2011年11月29日
再びキナバル山へ。Return to the Mt.Kinalu
1999年7月に訪れて以来、またやって来ました。熱帯にあって、東南アジア
最高峰のこの山塊は、4000mを超えると云うのに、雪が全くありません。
ガイドの話ではごく稀に時々降ることもあると云うことでした。
今回は山麓から眺めを楽しむだけ。残念ながら時間も力もありませんでした。
We visited this mountain in July 1999 to crimb to the top of the Mountain.
However purpose of this time is just for looking and relaxing.
The truth is we have lost power and energy that is challenging spirit
during this long 13 years.

麓のコーヒーショップから眺めながら、13年前を思い出していました。
We were enjoying and talking our memory of 13yrs ago, sipping local coffee.

連れの望遠で撮った山頂付近の奇峯。
Monster like rocks and peaks around the summit. Picture was taken by Yasuko's telephoto camera.

1999 7 8 時刻5amごろ主峰ローズピーク頂上にて。思い出の一枚です。
熱帯とは云え寒かったです。
ところで主峰、ローズピークの標高表示はかなりいい加減で、絵葉書では
4101m、ウイキペディァと頂上の表示では4095mとなっています。
まさか短期間で6mも縮んだわけもないでしょうが、絵葉書のミスプリ?
Unforgettable picture taken 5am 1999 at the summit of Lowe's Peak 4095m. It was cold up there.

これが主峰キナバル山4095mを望む。
Highest peak in Kinabalu range, 4,095m。 Lowe's peak

リー夫妻とご一緒したホテルからはキナバル山がバルコニーのガラス戸越しに
寝ながらでも見えます。
早朝一望した山塊はモルゲンロートに染まり、西側には虹が出ていました。
From the window of the room, where we stayed together with Mr.&Mrs. Lee,
powerful view of huge mountain ranges came into our eyes even lying on the bed.
The mountains were painted in rose by the early first sunshine of the day
with rainbow at the western edge of the mountains.
2011年10月30日
小金井公園での防災訓練 10/29(土)
武蔵野市、小金井市、小平市、西東京市の合同訓練。
1週間位前からこの準備の資材が、少しづつ運ばれ29日早朝には、準備万端?。

こどもの広場には、地震で被害にあい崩れかけた模擬建物が、準備されていました。

地震被災の模擬建造物。

東京ガスのブースは、早朝6時過ぎには、準備を終えたようで訓練の皆さんを待っていました。

公園緑地課のブースには、火災に強い樹木4種類がよく分かるように並べてありました。
4種類の樹木は下の写真です。


トベラ サンゴジュ


カクレミノ サザンカ

航空自衛隊のブース。

ラジオ体操が終わる7時頃には、早くも20人位のグループがお出まし。東京ガスのブース近くを見回っていました。
1週間位前からこの準備の資材が、少しづつ運ばれ29日早朝には、準備万端?。

こどもの広場には、地震で被害にあい崩れかけた模擬建物が、準備されていました。

地震被災の模擬建造物。

東京ガスのブースは、早朝6時過ぎには、準備を終えたようで訓練の皆さんを待っていました。

公園緑地課のブースには、火災に強い樹木4種類がよく分かるように並べてありました。
4種類の樹木は下の写真です。


トベラ サンゴジュ


カクレミノ サザンカ

航空自衛隊のブース。

ラジオ体操が終わる7時頃には、早くも20人位のグループがお出まし。東京ガスのブース近くを見回っていました。
2011年10月15日
北海道周遊:野付半島から最東端の納沙布岬そして富良野

野付半島は羅臼と根室の中間点にある細長い釣り針状の砂州です。国後島まで16kmしか
離れていないのに他国なのだという現実はやはり飲み込めません。

これが国後島

景勝の地風連湖に連なる「とどわら」

納沙布岬。日本最東端

四島返還祈念モニュメント。真ん中の箱には火が燃えています。

根室港

道の駅富良野。 東京では色あせかけた花が鮮やか。 ここの森のパン屋で売っているパンはうまかった。



北海道らしい景色。北の大地を感じさせるようです。
2011年10月08日
アイヌの古舞踊ー世界文化遺産?
阿寒湖温泉に辿り着いたのは、日もどっぷり暮れた6時過ぎ。アイヌの火祭りが9時から
あると言うので、食事もそこそこに迎えのバスに乗りアイヌコタンに向かいました。
アイヌ文化が世界遺産に登録されたこと初めて知りました

シマフクロウはアイヌの神のみ使い。部落のあちこちにかざってあります。

「イオマンテの火祭り」の始まりです。

シマフクロウの飛翔をまねた踊り。

剣の踊り。 ハチャトリアンの「剣の舞」を思い出しました。

万物に対する感謝の踊り。自分が生かされている自然や生き物全てに。

アイヌコタン入口を飾るシマフクロウの雄姿

この晩泊ったホテル。

この前阿寒湖を訪れた時、天候のせいとかでマリモには全くお目にかからなかった。今回はコタンの
前の市場で見せていました。

こまいのを瓶詰みたいにして売っていたのを買ってきたがドウ育つか?

ホテルの部屋から。朝早い観光船が桟橋に。

ちょっと寒かったが、ホテルの庭からの眺めも、雰囲気も良いのでモーニングコーヒーを。
あると言うので、食事もそこそこに迎えのバスに乗りアイヌコタンに向かいました。
アイヌ文化が世界遺産に登録されたこと初めて知りました

シマフクロウはアイヌの神のみ使い。部落のあちこちにかざってあります。

「イオマンテの火祭り」の始まりです。

シマフクロウの飛翔をまねた踊り。

剣の踊り。 ハチャトリアンの「剣の舞」を思い出しました。

万物に対する感謝の踊り。自分が生かされている自然や生き物全てに。

アイヌコタン入口を飾るシマフクロウの雄姿

この晩泊ったホテル。

この前阿寒湖を訪れた時、天候のせいとかでマリモには全くお目にかからなかった。今回はコタンの
前の市場で見せていました。

こまいのを瓶詰みたいにして売っていたのを買ってきたがドウ育つか?

ホテルの部屋から。朝早い観光船が桟橋に。

ちょっと寒かったが、ホテルの庭からの眺めも、雰囲気も良いのでモーニングコーヒーを。
2011年09月20日
安曇野の道祖神 9/15-16

安全と繁栄を祈念する神様として土地ごとに祀られている道祖神には、それぞれに大らかで
鄙びた風合いがあります。
専門の石工ではないとしたら、村のどんな人が彫ったのでしょうか?






2011年09月19日
小谷温泉山田旅館9/14/'11

2泊3日の秘湯の旅 第一日はここでした。1555年武田信玄の時代に発見された名湯
と云うことで、由緒ある歴史を持っています。
江戸時代に建設されたと云う本館は補修や改造を重ねたのでしょうが、この姿です。

別府、登別、草津と並ぶ日本の温泉代表としてドイツ温泉博覧会に出泉された時の
看板です。なんともレトロな感じです。ただ当時代表に選ばれた理由とか出湯の方法とか
なにかもう少し説明があってもと思いました。

書院の付いた部屋もあり、時代を感じます。

ここから雨飾山への登山ルートもあるようで、立て替えた蔵の横に看板が置いて
ありました。

宿の夕食。
2011年09月06日
鵜匠と宿と川原町

長良川の「鵜飼」は前日までに上流の郡上八幡あたりに降った豪雨で、水位が
1m余りも上がったため中止となってしまった。
通常ならこの銅像のような光景が見られたはずなのに。

そこで急きょ鵜飼の解説と実演となりました。鵜匠が鵜を籠から出してから解説の間
休みなく鵜の喉を揉んでいたのが印象的。鵜匠が宮内省の所属とはびっくり。

宿と同じ筋にある川原町は当時の情緒を残す通りで、家々の軒先には岐阜提灯が連なり、
昔は和紙屋だったという民芸品店には面白い飾りが軒の上に置いてありました。

民芸品店の店先。

店の中はにぎやかなものです。

宿は十八楼といって、300年以上の歴史があり、俳人芭蕉も泊ってこの宿の名を付けた
と云う。庭園内には芭蕉の句碑が立っており「このあたり目に見ゆるものは皆涼し」
2011年09月03日
長良川に信長の居城を訪ねる

信長が斉藤道三から稲葉城を奪い、ここに移り住んで天下統一の想をねった
と言われる。天守閣からの眺めは眼下に濃尾平野を一望し、
小高い岡と言うか山が点在し、神話の国引きを思わせることから
信長も天下布武を考えたのでは?

信長、秀吉、家康の中で最も魅力ある人物は個人的には信長。
好奇心が強く海外に目を開いた先見性は時代を超えている。
フロイスにも接見を許し、進んで海外の事物を取り入れ、キリスト教にも
目を向けたことは当時の日本人としては考えられなかったことではないか。

最初に献上された時計は壁掛で、操作も簡単ではなかったようだが、それを
からくり人形作りの匠の業で和の時計に作り変えた。
技術の日本のルーツをここに見る思いがする。
2011年08月06日
長岡の花火 (撮影は やな2)

3時間位前から土砂降りとなり、開催が危ぶまれるほどだったが、幸い晴れ上がり
むしろ絶好の花火日和となりました。

「大曲」と違ってイス席で前後に余裕があって、快適に見物できるせいか、観衆大勢。
クラツーだけでバス100台以上5,000人の観客を動員しています。総数は40万人ぐらい?
因みに一昨年の大曲では70万ということでした。

ここの花火はスポンサー付の大型で豪華なもの。空一杯に広がった花火は、多数のスターマインの
同時打ち上げで、最大で2.7kmとのアナウンスがありました。一目では勿論見えるはずもありません。




2時間あまり次から次へと打ち上げられた花火は、「ベスビアス」とか「フェニックス」とかが、
各花火の名前の前について、とにかく豪華絢爛。
仕掛け花火のナイアガラが、上流の橋に大会前半の中入りに一回、最後には下流の橋に二回目と
2本も仕掛けられたのも初めての経験でした。
大戦最初のハワイ急襲を指揮した山本五十六司令官が長岡出身であることから、戦後ホノルル市と
姉妹関係をむすんだこともあり、今年はホノルル市長夫妻が招待されており、挨拶していました。
2011年07月20日
白馬五龍地蔵の頭


五龍スキー場のゴンドラリフト終点から30分ほど遠見/五龍岳に向かって上った所に
地蔵の頭があり、道標もついてます。

ドラなども置いてあって、八方や栂池などとは違って開けた?感じです。

そのせいか超軽装にハイヒールの女性もいて驚かされます。これで天候が急変したらどうする
気ですかね?


八方や栂池では見つからなかったコマクサがここにはありました。
2011年07月20日
八方尾根とホテル

予報では毎日梅雨空の筈でしたが、昨夕から晴れあがり今朝は快晴の八方。

ホテルの庭には花がきれいに咲いており、赤のベゴニアを借りて白馬岳を。

このホテルが気に入った理由の一つは花がきれいに手入れされていること。朝露にぬれた
ペチュニアはすごく鮮やかでした。

スイスのシャレーを思い出させます。

フロントの飾り花。これまたグリンデルバルトにありそうな感じです。
食事も良かったが2年前に訪れた時ほどの感激はなありませんでした。
2011年07月18日
梅雨時の八方尾根

夏季の尾根ハイクは初めて。45年位前に故片山君と5月にスキーを担いでここ第3ケルンに
スキーをデポし唐松岳を目指したが、丸山付近で雪崩の音を聞きながら昼寝し引返した
事を思い出す。あの時はカンカン照りだった。

ハッポウウスユキソウ。

池を見たのは初めて。第3ケルンの真下にある。天気が良ければ白馬三山を鏡のように
水面に映しだすという。

池の横で見つけたハクサンシャクナゲ。まだ蕾。

予報では雨のはずだったが、晴れてきた夕空に姿を現した白馬岳。
2011年06月11日
五月みちのくの花ーどんど晴れの一本桜

岩手山を背景にした一本桜。前景の緑の岡には菜の花が。

TVの朝ドラで有名になったこの桜は農園内にある。花の咲き具合や山肌の残雪、雲のタイミングを見て最高のコンディッションで撮ろうと、キャンパーで泊まっている人もいた。
こちらも3日間通ったから物好きの一人?

ここはさすがに北国。GWもとっくに過ぎたというのにこの豪華な並木が目を奪う。

近くに樹齢300年の弘法桜があるが、これも見事。ただ農場の桜に人気が集中しているせいか訪れる人は少ない。

農場の事務所に朝ドラのポスターが貼ってあった。

この時期は山の花 コブシも咲きます。モクレンと同じようだがモクレンには里や街の花のイメージが。

コブシのクローズアップ

初めミツバツツジかと思ったら、ゲンカイツツジ。よく見ると花弁に皺があって八重のように見える。
2011年06月04日
大震災後の松島(5月14日現在)

松島湾は学生時代のボート(Fix)の練習場だった。家内は通過しただけの記憶しかない。
大震災のお見舞いと墓がどうなったかを見に行くのを機に、欲張った目的で50年ぶりに訪れた。

瑞巌寺門前の茶屋には、「町を凶暴な津波から島々が守ってくれたから、今度は
島を自分達が守る」と云う張り紙が。

折悪しく本堂は修復中。完成は7年後と。

修復の間本堂の秘仏類は一般公開。 高村光雲作慈悲観音像

境内に根をおろす巨大ケヤキ

代表的な名所:五大堂 本体は無事だったが灯篭はすべて倒れていた。大人しいとは言え
津波はこの隔壁を越えて商店街の一階部分に壊滅的被害を与えた。震災2ヶ月を過ぎて二階部分で営業を始めた店もあった。大部分は閉店状態。

何事も無かった様に見える五大堂の下の水路は木材や他の瓦礫が。もうひとつの名所福浦島
にかかる長い赤い木橋は修復中で近づくことも出来なかった。

石巻市内日和山に近い地区の被害。震災後2ヶ月も経ったというのに停電で、鹿児島県警が交通整理を
していた。
2011年02月24日
戸隠 山と神社とスキー

戸隠は神社と蕎麦で特に有名です。新そばの出来る10月末ごろは紅葉も良いので
訪れるようにしています。
また戸隠連峰は恐竜の背中に似た山容も迫力があり、写欲をそそられます。

冬のシーズンにはコロラドに似たパウダースノーが積もり、下手でも上手く
なったような気にさせてくれます。

今年は雪が多く神社を訪れる人も少なかったが、それがまた神社をおごそかに見せて
くれました。

狛犬さんも綿帽子を冠り、なんとなくユーモラスに見えます。

雪に埋もれた山里の景色を楽しんできましたが、残念ながらお目当てのそば屋さんが
お休み。また行くことにします。
2011年02月19日
白銀は招くよ

高校時代から良く行った蔵王。定宿にしていたパラダイスロッジが無くなって以来、海外にいたせいもあるがしばらくご無沙汰の山で滑ることにした。三宝荒神、地蔵岳、主峰熊野岳がきれいに見えます。

宿はたまたまなんとなく名前に惹かれて訪れた落ち着いた所。宿の主Kさんはなんとトニーザイラーの知り合いで、又あの岡本太郎氏と長い交際があったとか。ロビーには太郎さん揮毫の大額が掛けてあった。
トニーザイラーとは卒業の年の3月に蔵王で高取?の壁をリフトの止まる時刻前に偶々一緒に滑ったことがありその翌日骨折した強烈な思い出があります。

今年は特に樹氷の着きが良いとか。背景は三宝荒神岳。

陽はすでに落ちかけ、樹氷群を淡い色彩でいろどります。

三宝荒神と地蔵岳の鞍部にあるお地蔵さんには、高校時代からご挨拶をしていました。
大雪の今年は多分雪かきをしているため、半身を現わしておられるのでしょう。
前に置いてあるおさい銭箱は底にスキーが付けてあって毎日移動できるようになっています。

上の台ゲレンデの下にあるジュピアの前のアイスカービング。半日フルに案内して頂いたKさんと。

三泊したホテルの前で。完バテです。

♪さよならお山よ御機嫌よろしゅう又来る時にも笑っておくれ♪




